大阪高等裁判所 平成7年(ラ)433号 決定 1995年9月11日
抗告人
甲野太郎
代理人弁護士
仲西二郎
主文
一 原審判を取り消す。
二 本件を神戸家庭裁判所柏原支部に差し戻す。
理由
一 抗告の趣旨及び理由
別紙のとおり
二 当裁判所の判断
(一) 一件記録によれば、乙原春子(明治三九年一〇月一一日生)は、昭和三六年に夫の冬彦と死別後、西宮市甲東園一丁目の古い木造二階建ての居宅で、長女の夏子(昭和九年五月一四日生)と同居していたところ、平成七年一月一七日午前五時四六分に発生した阪神大震災により、この居宅が全壊し、春子と夏子は建物の残骸に埋もれ、同日の遅くに警察の救助隊が救出したときには、両名は既に死亡していたこと、両名の遺体は翌一八日の午後二時ころ、西宮警察署で検視を受けたこと、その際、夏子の子の秋彦の質問に対し、担当検視官(氏名不詳)が「春子は即死で、夏子は地震後一〇分から一五分位生きていた可能性がある」と教示し、春子の死顔は安らかであったが、夏子の死顔は血だらけであったこと、春子の長男の一郎は、同日、春子の死亡時刻を平成七年一月一八日午前二時頃とした死亡届を西宮市長宛てに提出し、これが西宮市長から春子の本籍の丹南町長に送付されて、春子の戸籍の身分事項欄に「平成七年一月一八日推定午前二時西宮市で死亡」と記載されたこと、その後、右記載は、錯誤を理由として「平成七年一月一七日時刻不詳西宮市で死亡」と訂正されたこと、一方、一郎は、同年一月一八日、同様に夏子の死亡時刻を平成七年一月一八日午前二時頃とした死亡届を西宮市長に提出したが、その後、抗告人が、夏子につき「平成七年一月一七日推定午前六時死亡」とした死亡追完届を提出したところ、夏子の戸籍の身分事項欄には一旦「平成七年一月一八日午前二時西宮市で死亡」と記載したものを加除訂正して、「平成七年一月一七日推定午前六時死亡」との記載がなされたことが認められる。これらによれば、春子は夏子より先に死亡した可能性が大であると考えられるのに、戸籍の記載上では、その先後関係が明らかでない。そして、もし抗告人主張のように、春子が夏子よりも先に死亡していたとすると、春子の戸籍の記載は事実と合わないことになる。
(二) 人の死亡時刻のような単純な事実に関し、戸籍の記載に錯誤がある場合は、戸籍法一一三条の手続によってその記載を事実に合致させるよう訂正すべきものである。春子の死亡時刻がいつであったかによって、相続人の範囲が異なることになることは、原審判の理由二 当裁判所の判断の(二)②に説示のとおりであるが、先ず事実に関する戸籍の記載を事実に合わせることが先決であって、これによって相続法上の権利関係に影響を及ぼすとしても、争いがあれば、それは当事者間の訴訟で解決すべき問題であって、そのことの故に事実と相違する戸籍の訂正の許可を求めることができなくなるものではない。
戸籍法一一六条により確定判決によらなければ戸籍の訂正ができない場合は、当該訂正の対象となる事項自体が人の身分の変動に関する場合をいうと解すべきであり、本件において、まず相続分割合について確定判決を得た上でその理由中の判断に依存して戸籍訂正を行わねばならないとすることは、本末転倒の議論であるというべきである。
三 結論
よって、相続法上の身分関係に重大な影響を及ぼすとして、本件戸籍の訂正許可の申立てを不適法として却下した原審判は失当であるから、これを取り消すこととし、春子の死亡時刻やその死亡時刻についての戸籍の記載が上記のようにされた経緯についてさらに調査をする必要があるから、本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 林泰民 裁判官 笹村將文)
別紙抗告の趣旨
原審判を取消す旨の裁判を求める。
抗告の理由
一 抗告人は、事件本人乙原春子(以下「春子」という。)が平成七年一月一七日午前五時四六分発生の阪神大震災により即死したのにかかわらず、その戸籍の死亡事項には「同日時刻不詳西宮市で死亡」と記載されており、「時刻不詳」とあるのは戸籍の記載に錯誤があるとして、「時刻不詳」を「推定午前五時五〇分」に訂正することを許可する旨の死亡時刻の戸籍訂正を同支部に申し立てた。
二 ところが、同支部は、春子の死亡時刻の戸籍訂正は、相続法上の身分関係に重大な影響を及ぼす事項であって、戸籍法一一三条の規定によることが許されないから、本件申立は不適法であるとして、却下する旨の審判をした。
三 しかしながら、右審判は、別紙抗告理由書のとおり、法令の解釈・適用を誤り、理由不備の違法があるから、その取消を求めるため本抗告に及んだものである。